タンパク質寿命が制御するシン・バイオロジー
代表挨拶
Message
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古くて新しいタンパク質寿命の謎
タンパク質分解は、タンパク質合成と並んで、タンパク質構成を決定する重要な機構です。細胞内のタンパク質を分解する仕組みの研究はこの30年で進展し、大規模な分解系としてユビキチン・プロテアソーム系やオートファジーなど基本的な仕組みが分かってきました。また、細胞内外には様々なプロテアーゼが存在し、生理機能に重要な役割を果たしています。しかし、いまだに理解されていないのが、タンパク質寿命の決定の仕組みです。例えばラットニューロンのタンパク質の半減期は1日以内から10日以上と広範囲に分布しています。細胞内タンパク質の寿命が千差万別であるという観察は、すでに1978年に知られており、半世紀来の謎でした。これまで、タンパク質寿命を決定する法則がいくつか提唱されてきました。古くは1986年に発表されたN末端則、その後もC末端則やPEST配列と呼ばれる類似のルールが見出されていますが、これら法則は一部のタンパク質の寿命を説明できるものの、大半のタンパク質の寿命はこれでは理解できず、タンパク質寿命がどのように決定されるのか、その仕組みは未解明のまま残されています。
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タンパク質分解研究の新しい方向性
タンパク質の寿命制御機構の理解がなぜ大事かというと、タンパク質を分解することが生命活動に不可欠であるからです。これまでは個別のタンパク質の寿命制御に焦点が当てられてきました。しかし、これらはタンパク質動態のごく限られた一局面を観察しているに過ぎません。生命現象をより深く理解するためには、細胞全体あるいは組織全体で起こっているタンパク質分解制御を包括的に捉えて理解する必要があります。今回の研究提案では、プロテオームワイドに「タンパク質の寿命はどのように決定されているのか?」を理解し、context-dependentな分解法則、デグロンを見出し、生命現象の真の理解を目指します。このようなアプローチが、これからのタンパク質分解研究の大きな方向性であると私たちは考えています。
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技術の進展した今こそ長年の謎に挑む
では、なぜこれまでタンパク質寿命を決定する仕組みが解明されてこなかったのか、問題点として、タンパク質寿命を網羅的かつハイスループットに計測する方法がなかったこと、タンパク質寿命を操作する方法がなかったこと、を挙げることが出来ます。そこで、本領域では大規模タンパク質寿命測定法の確立と、タンパク質寿命操作技術の確立によりこのボトルネックを解消し、シン・バイオロジーに到達することを目指します。
大規模タンパク質寿命測定法については、10年前と比較すると、感度や深度の犠牲なく、ペプチド同定の300倍の高速化に成功し、タンパク質寿命測定はもちろん、翻訳後修飾、アイソフォーム検出、N末端、C末端構造をはじめ様々なパラメーターを高速・高深度・高感度に計測する方法の確立が現実的になって参りました。
タンパク質寿命操作技術に関しては、プロテインノックダウン技術が進展して参りました。プロテインノックダウンはDNAやRNAを標的とした機能喪失法と比べて、効果の発現が数分から数時間と迅速であり、そのため、secondary defectの影響を受けず、標的タンパク質の機能喪失そのものの影響を観察することができるという利点があり、分子機能評価に最適な手法です。また創薬の観点からもundruggableな標的をdruggableにする次世代創薬モダリティとして大きな注目を集めている技術です。
このように、これまでの問題点を克服する十分な準備状況が整ったと考え、本領域は、タンパク質寿命を「識る」「測る」「操る」ことにより、タンパク質寿命学を創成し、タンパク質寿命が制御するシン・バイオロジーの理解を目標とします。
東京大学大学院薬学系研究科 教授